由緒と御神徳

遠野三山の一つ六角牛山の麓に鎮座し、 表筒男命・中筒男命・底筒男命(住吉三神)・息長帶比売命・大己貴命を祀る。 例祭日は旧暦の8月15日であったが、現在は9月23日に行っている。  人皇第51代平城天皇の御代、大同2年(807)時の征夷大将軍坂上田村麻呂、蝦夷地平定のため蒼生の心伏を願い神仏の崇拝をすすむ。時に六角牛山頂に薬師如来、山麓に不動明王、住吉三神を祀る。爾来陸奥の国中の衆民、衆団をなして登山参拝あとを絶たず、霊山として山伏の修行者も多く集まる。  第54代仁明天皇の嘉祥年代(848-851)元住吉といえる地に社殿を建立し、住吉神を遷し奉り住吉太神宮と称す。  山頂の堂宇再三の山火事に被災し、後鳥羽天皇の文治5年(1189)阿曽沼公石洞の地に神地を寄進して神殿を建立。山頂の祭神を遷奉り六角牛新山宮と称し、六角牛山善応寺を創設し祭事を司掌させた。後に住吉太神宮の新座地を川向い(現在の六神石神社の地)に定め奉遷す。  寛文年中(1661-1673)南部領となるに及び社領95石を寄納される。六角牛新山宮は住吉太神宮に合祀される事となり、享保10年(1725)奉遷。明治5年(1872)青笹村社六神石(ろっこうし)神社と改まる。大正4年(1915)9月、供進神社に指定される。
 表筒男命 中筒男命 底筒男命:(住吉三神)  住吉大神は、禊祓の御神格をもって御出現になりましたので、禊祓の神であり神道でもっとも重要な「祓」のことを司る神です。また、住吉大神は海上安全の守護神であり、奈良時代、遣唐使の発遣には、必ず朝廷より住吉大社には奉幣があり、その海上無事を祈りました。(三陸の漁師の人々は、六角牛山を目印に漁をしたと言われ、昔は漁師の人々の参拝も多かったと言われています。) 産業商業・文化・貿易の祖神と仰がれ住吉大神の広大な御神徳はあまねく世に知られています。(家内安全、商売繁盛、交通安全) 息長帶比売命 息長帶比売命(おきながたらしひめのみこと)は、八幡神こと誉田別命を生んだ聖母神も呼ばれ、子孫繁栄のシンボルとして祀られています。そのご神徳は、安産子宝・子育てを中心として、勝運・開運・招福・悪病災難除け・方位除け、無病息災、延命長寿などです。 大己貴命  大己貴命は別の御名を大国主命ともうしあげ、縁結びで知られる出雲大社にお祀りされている神様です。いまも家運隆昌・事業繁栄の福徳の神として崇め祀られています。俗に大己貴命は“だいこくさま”として慕われ御神徳はまことにあらたかであります。